死生観と輪廻転生について

西洋占術の背景にある神秘思想現代スピリチュアリズムが、その源流を遡っていくと古代ギリシャ哲学、特にプラトン哲学に行き着くということなのですが、前回記事ではプラトン哲学の人間観・世界観をごく簡単に書いてみました。

今回は、プラトン哲学の中でも特に「死生観」に焦点を当ててみたいと思います。

私たち日本人は「輪廻」と聞くと、すぐに「仏教」だと連想してしまいますが、「輪廻転生」の思想はなにも東洋思想にだけあるもの(仏教の専売特許)ではありません。

実は西洋にも相当古くから「輪廻」の死生観があるのです。その代表が、ピュタゴラス学派やプラトンの哲学です。今回は、プラトンの語る「輪廻転生」について書いてみましょう。

前回の記事で、プラトン哲学における「人間論」を説明しましたが

人間は、霊魂と肉体という異なるものから構成されており、

「霊魂」の成り立ちをみると、理性、意志(気概)、欲求(情動)という3つの部分から構成されている。

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魂を馬車に喩えれば、「理性」は御者であり、「意志」比較的よく御者に従う馬「欲求」は御者の言うことを聞かずに暴走する暴れ馬、だと語られていました。

霊魂はもともとは「イデア界」「叡智界」において、翼をもって飛翔しながら、天頂に輝く「善のイデア」を眺めて霊的な糧を得ていたのですが、

人間の魂は、神や天使たちの魂とは違って、内側に理性に従わない暴れ馬を抱えていて、魂内部の不調和(理性と欲求の葛藤対立)を生じて、魂の飛翔力(翼)を失って、イデア界から墜落して、物質界の肉体を宿にせざるをえなくなった、ということは前回の記事で書きました。

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霊魂が「不死性」を持っているということは、人間が何らかの仕方で「神性」にあずかる存在であることを示唆しているのすが、

神性へのあずかり方が足りず、もともと魂の構成が不完全・不調和であるがゆえに、神の住まうイデア界にずっと留まることができず、魂の翼を失って落ちてきてしまったわけです。

こうしてイデア界から堕落してしまった霊魂が、もとのように「魂の翼」が生えてイデア界に帰れるようになるまでには少なくとも1万年もの歳月が掛かるのだ、とプラトンは語ります。

その間、人間は、この世における100年前後の生活と、あの世における1000年の生活を、交互に何回も繰り返すことを強いられ、およそ10000年の歳月の後に、首尾よく魂の翼が回復すればイデア界に帰還することを許されるのだ、と言うのです。

つまり、10000年の間に10回以上の転生を繰り返しながら、魂の翼が回復する=魂が調和と完全性を持つまで成長する、ことを目指すことになるのです。

しかしながら、大半の人間はいくら転生を繰り返しても、この輪廻の輪から抜け出すことができないでいます。

その様子を『国家』第10篇において「エルの物語」という寓話(いわば臨死体験談)の中でプラトンが語っています。エルの物語についてはWIKI↓などでも閲覧できます。



人間は死後に、冥府の裁判所において、正しく生きた者、不正と悪徳に生きた者かを判定され、前者は天国で、後者は地獄で、死後の1000年を過ごすことになる。

(つまり、プラトンいわく、この世の人生において行った善も悪も、あの世においては「10倍の報い」を受ける、という意味なのでしょう)

そして、1000年が過ぎると、もう一度集められて、次の人生の選択をしなければならない。しかも、それは強制ではなく、各人が自由意志で選ぶのです。

運命の女神モイライたちによって、様々な人生のサンプルが彼らに見せられ、彼らはそれらのうちから自分が気に入ったものを1つだけ選び取ることになります。(お金持ち、専制君主、美男美女などなど)

1000年の間ずっと天国で何不自由なく気楽に遊んで暮らしていた魂は、同じような環境を求めて「安楽」に見える生き方や環境を何も考えずに選んでしまうことになり、そうして生まれていった結果として待っているのは、放埓と悪徳に身を委ねて不正を重ね=魂を悪くする人生を送りやすく、その死後は1000年の地獄で生きることになる。

一方で、1000年の間ずっと地獄で苦しんできた魂は、今度は慎重になって、多少は苦労するかもしれないが「魂を少しでも善くする」ような人生を選ぶことになる。すると、彼らは正しい生き方をして帰ってきて、死後は1000年の天国における生を享受することになるが、次の人生を選択する際に、賢明な選択をするとは限らない。

というふうに、多くの魂は「天国」と「地獄」を交互に行ったり来たりして「快苦」を際限なく繰り返しているばかりで、いつまで経ってもこの輪廻の輪から抜け出せないでいる。

それは、彼らが「直前の生」の経験や習慣に左右されて、それに引きずられて安易な選択をしてしまうからだ、とプラトンは言うのです。

そうではなくて、何が正しいか、何が魂にとって善であり、魂の向上に役に立つことであるか、を理性によって弁えて判断できるようにならねばならない。

そうすれば、どんな境遇に生まれたとしても、魂を善くするために、最善の生き方をすることができるはずだ、とプラトンは言う。

プラトンが別の著書『パイドロス』の寓話で語るには

10000年ルールには例外があって、地上の肉体の生において、絶え間なくイデアを求めて、真善美の正しい知を探し求めて生きる理性的人生を送った者の魂は、

そのような「イデアを愛し求める人生」3回続けて選び取って生きることができたならば、1000年の周期が3度目にやって来たタイミングで、魂に翼が生じて飛翔力を回復して、もとのイデア界へと帰還することができるようになるのだとか。つまり、最短3000年、3回の転生でイデア界に帰ることができる、と言うわけだが、このような人はまず稀である、とプラトンは言う。

こうしたプラトンの寓話(ミュトス)で語られている「死生観」「輪廻転生」の物語から見えてくるのは、

この地上における人生とは、やがて本来の世界(=イデア界/霊的世界)に帰還するための訓練・教育・矯正の機会である、ということ。

不完全で未熟な私たちの魂が、様々な環境(安楽と不遇)に置かれて経験しながら、魂にとって何が善く正しいことであるか?という真理=善美なること=正しさのイデアを学び取ることを求められる試練の場だ、ということです。

このような視点、人生観、死生観は、現代スピリチュアリズムにも継承されていますが、その源流はプラトン主義にあったということです。

こういう視点から地上の人生を眺めた時に、何も考えないで「この世的な価値観」で生きているのとは全く視点が違ってくるはずです。

「この世的な価値観」だけで判断するならば、お金持ちで、不自由が無く、苦労することもなく、全てが順調にうまくいって、といった安楽なことばかりを期待するでしょうが、そういった境遇が必ずしも「本人の魂の成長」「魂の矯正」に役立つとは限りません。かえって魂を「劣化させる」ことになるかもしれない。

大事なことは、どんな境遇に置かれたとしても、正しさのイデアを理性によって求めながら、真理に則って生きる、ということです。むしろ、困難や苦労を通り抜けることによって魂は多くの真理を学ぶものです。

この世における「財産金銭の多寡、世的な地位肩書、地上における成功失敗」は必ずしも「魂の善さ」「霊的な成長度」とは一致しません。

であるならば、占いにおける吉凶というものがそんなに重要ですか?ということになってきます。

この世における禍福は、必ずしも来世における禍福、「魂の善さ」とはつながっていないのですから

どのような境遇に置かれたとしても、魂にとって何が最善であるのか?いかにすれば魂が向上するのか?を求めることが大事なことです。この目的に貢献する範囲内で「占い」という技術が貢献してくれればいいのです。

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by astro_suimei | 2018-11-29 07:35 | 人間論・人生哲学 | Comments(1)
Commented by mimi27pink at 2018-11-29 14:01
とても難しいお話でしたが、とてもためになりました。何度も繰り返して読もうと思います。
スピリチュアルにハマる女性に「ここ(この世)は私がいるべき所ではない気がする。前いた場所に戻りたい。」と言う人がよくいる気がします。こういう人たちは、前世天国に居て1000年暮らしていた時の記憶が少し残っている人たちなのかもしれませんね。
自分の命式の傾きから分かるこの世での「魂の矯正」というミッション。少しずつでも意識したいです。


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